李乾朗 繪製

 

臺北市文獻委員會 典藏

 

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百年の祝福、紅楼の物語

1908年に紅楼が誕生してから今年でちょうど100週年になります。紅楼は清朝と日本統治時代、国民政府時代を経て、日本や上海、西洋などの多元的な文化の洗礼を受け、かつては市民の暮らしを豊かにする商店街でした。大陸のさまざまな文化産業の集合体であり、西洋の文化を吸収する窓口でもあり、文化、商業、歴史がともにある多元的なるつぼでした。今年100歳を迎えた紅楼ですが、時代を先取りし、モダンで新しく、多様性に満ちている─これが紅楼の変わることのないイメージです。

 

過去を振り返れば、紅楼は日本と中国、西洋3種の文化が集結した場所で、周辺環境の変化は西門町発展の縮図でもあります。各種各様の娯楽の伝承は、台湾文化の展示棚といえましょう。時代とともに歩み、時代の潮流を導く経済の動脈でもあり、台湾における商業発展の軌跡でもあります。未来に目を向ければ、新旧が共存共栄しつつ、古跡と文化、商業が結び付いた西門町のランドマークともいえる建築物─再生した紅楼は今まで以上の役割を果たすことでしょう。

 

 

 

 

百歳の紅楼 美しいさ もう一度帰ろう
1882 台北城(町)が完成。西門城外には荒地が広がっていました。

1885 劉銘伝が来台。人々が集まって新しく都市が築かれました。
1895 日本による占領統治の開始。
1900 都市の改造と新たな建造。
1908 西門市場の八角堂─紅楼竣工。西門町は台湾に移住してきた日本人の居住区となり、町は繁栄し物資も豊かでした。この地が万華、大稲埕とともに娯楽のゴールデンスポットとなり、大東亜共栄圏におけるアジアの娯楽モデルの中心地でもありました。
1945 日本の敗戦。国民政府の来台により、大陸の移民が大量に押し寄せました。紅楼劇場では、滬園京劇、紅楼書場、話劇などが盛んに上演され、移民たちの心を慰めました。
1963 西洋文化が流行ると、紅楼戯院でもモノクロの武侠映画や懐かしい西洋映画、時代劇など、映画の上映が始まりました。チケットは安く、観客の入れ替えもなかったので若者達に大うけしました。紅楼での映画鑑賞は当時の学生たち共通の思い出です。
1990 まばらに残された古い店舗、崩れかけの違法建築、都市の発展が東部に移るにつれ、西門町は没落の中で喘ぐような状態となりました。
1994 「紅楼夢 西門情」と銘打った展示やパフォーマンスなどの活動が西門町再生の契機となりました。
1997 紅楼戯院閉業。紅楼が三級古跡に指定されました。
2000 十字楼と南北広場の違法建築が大火により焼失。その後の再生により紅楼の新たな1頁が開かれました。
2002 紙風車文教基金会が「紅楼劇場古跡再建」を担い、演劇などの各団体と協力して熱のこもったパフォーマンスを次々に上演。紅楼商業圏のにぎわいと活気を取り戻しました。
2008 紅楼満100歳の今年、台北市文化基金会は、商業施設としての紅楼の更なる活性化を目指してスタートを切りました。紅楼は人々を惹きつける活力を持ち、各地から集まる人々にサービスを提供し、独特の美感と時代感を表すとともに、100年という歴史の尽きることのない魅力を体現しているのです。

 

 

地址:108台北市萬華區成都路10號

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